No.0025

高校野球にみるエフィカシーの力

text : mama(美学者母)
2014年8月25日(
月曜日)執筆

 

程夏の高校野球決勝、大阪桐蔭vs三重が終わりました。
大阪桐蔭が優勝しましたね。
しかし三重も素晴らしいチームだったけど、
少しだけ大阪桐蔭の「意識」が勝ったという感じがしました。
ん?意識?と思われるでしょうが、
ここで言う意識とはエフィカシーの事です。
その辺について今日は少しお話したいと思います。
今年の高校野球、夏大会をちょろちょろっと観ていて。
個人的な能力の高い選手は沢山いたように感じます。
それにくらべて優勝した大阪桐蔭は小粒な感じです。
当然平均的に能力が高いワケですが。
個人的な能力がずば抜けている選手は、
他の高校の方がいたのではないでしょうか。
これを私は部分的能力とゲシュタルト的能力と呼びます。
特に野球はチームプレーですので、
チームとしての統合性が重要になってきます。
部分的能力というのはある程度限界があるのです。
個人的な素質や才能、 もちろん日々の練習や努力も必要ですが。
ある程度のところでそれはとまってしまいます。
しかし、ゲシュタルト的能力の向上には限界がないのです。
それはゲシュタルト的能力はエフィカシーがベースだからです。
つまり、チームとしていかに高い目標を持ち、
それを如何にチームで共有するかという事だからです。
そして最終的にどれだけ、そのイメージを鮮明に描けるかという事。
その点において大阪桐蔭は、
三重よりも明確で鮮明な全国制覇というイメージを描けていた。
そのように強く感じました。
去年の秋に、履正社にコールド負けをした大阪桐蔭。
普通なら、履正社に勝つ事を最大の目標、
大阪大会で勝つ事が最大の目標になりがちです。
しかし大阪桐蔭は、情報を聞く限り、 全国制覇が目標で、
いかにして全国制覇を成し遂げるか。 そこに目標を置いていた訳です。
こういった意識を持つ事は実は大変難しい。
それは高校野球に限らず一般社会でも言える事でしょう。
これは何度も全国制覇をしている大阪桐蔭だから持てる、
そう考える人も多いのかもしれませんが。
それが絶望的な差になってくるワケです。
実は、高校野球の個人的な能力差だったり実力差は、
大学野球や社会人野球、プロ野球に比べて大きいのです。
しかし、チームとして考えると実はどこの高校も差はないのです。
そのチーム力の差がどこから生まれてくるのかというと、
それがゲシュタルト的能力の差であり、
ゲシュタルト的能力の差のベースはエフィカシーであるのです。
これらはスポーツ以外でも同じです。
つまり部分的能力が低いから、目標を低く設定する。
というのは大変な勘違いなのです。
世の中の事のほぼ全ての物事は、 部分的能力では成り立っていません。
何かしらの複合的なゲシュタルトによって成り立っています。
すなわちいかにエフィカシーを高めるかが、
あらゆる事の実現性に結び付いているという事です。
今回大阪桐蔭の優勝を観てその様な事を思い、 少し文章に綴ってみました。