No.210

大山エンリコイサムの虚言

text : mama(美学者母)
2017年5月16日(火曜日
)執筆

 

なんだかんだと言いまして、
僕はストリートアートあがりの、
アウトサイダーという立ち位置、
その上で芸術や美術の研究をしているので、
大山エンリコイサムの虚言について、
しっかりと言説しておかなければなりません。

それで僕は何者かって話からですが、
そもそも1980年代にヒップホップカルチャーに影響を受けます。
その頃に「スタイルウォーズ」という、
ヒップホップのドキュメンタリー映画を観ました。
その映画はグラフィティがメインの映画で、
ストリートキッズが、
ギャラリーと契約しアートとして認められる、
その様な内容も含まれています。

つまり現代アートとして、
グラフィティが美術史に取り込まれたのは、
1980年代初頭のアメリカです。

そして、
1990年代頭に初めて出会った、
ストリートアーティストがフューチュラ2000です。
フューチュラ2000は、
グラフィティという手法ながら、
抽象画的なフォームを使用し、
ストリートアート界では突出した存在でした。
様々な媒体に登場しとても活躍した作家です。

そして1990年代後半、
アメリカの西海岸から新しいアートムーブメントが到来、
それまでの東海岸のグラフィティとは違い、
西海岸らしいかなりゆるい感じのストリートアート、
スケーター達を中心に盛り上がります。
このムーブメントも、
ルーザーズアートとして映画になっています。

僕はこの頃、
1999年位から3年ほどグラフィティライターとして活動、
僕のライターとしてのスタイルは、
その頃から現代アートにも影響を受けていたので、
現代アート、ルーザーズアート、グラフィティ、
これらを組み合わせたスタイルで活動していました。

この1990年代後半に、
KAMIという日本人グラフィティライターが注目されます。
KAMIはグラフィティに日本的な美意識を持ち込み、
日本人としてグラフィティを再解釈した先駆者です。
現在ではその作品は現代アートとしても認められ、
ギャラリーや美術館での展示なども行っています。

という、
僕のストリートアートの為人を簡単に説明しました。

ここから「大山エンリコイサムの虚言」という本題です。
今度でる美術手帖の、
グラフィティ記事の監修をおこなっていて、
「グラフィティ史とアート史を横断するスフェア(圏)
の膨張を描き出す試みです。」 と言っているみたいですが。

先述したように、
グラフィティはアートの文脈で解釈済みなのですねwww

さらに大山は、
グラフィティを再定義するなどと言っていますが、
西海岸のグラフィティを、
東海岸で再定義されているし、

日本では、
KAMIが日本なりのグラフィティの表現を、
アートとして再定義しています。

2000年代には、
現代アートのフォームに則り、
グラフィティをさらなる高みに持って行ったのが、
なんと言ってもバンクシーです。
つまり現代アート側から、
グラフィティにアプローチしている先駆者です。

この文脈で、
正直新しいアートフォームを作るのは不可能に近い。

それは、
マルセルデュシャンを超えるくらい困難です。

さらに大山の作品を観ても、
再定義どころか、
フューチュラ2000のモノマネでしかありません。

さらに言うと、
日本生まれの大山が、
アメリカで産まれたグラフィティを、
抽象絵画風に描いた所で、
正直なんの文脈も産まれないし、
まったく無意味なんですね。

そこで、
彼がなんで急にポッとでてきたのかなぁ〜、
なんて思うのですがwww

まぁ有名になるアーティストは、
基本的にフックアップしてくれる人がいるわけです。

例えば、
チンポムであれば会田誠、
カオスラウンジであれば村上隆、東浩紀、
などなど。

おそらく後ろで動いている日本人がいます。
僕の知っている限りでは、
アジアン・カルチュラル・カウンシルで、
ニューヨークに渡っていますが、
その関係と、
日本人の特性の、
外国帰りの日本人は凄い!!!
みたいな感じwww

なんかニューヨークで評価された風を装って、
日本で頑張ってるってのが本当でしょうwww

だって、
どう考えても、
あのアートフォームで、
アメリカで評価されることは無いですからwww

まぁ皆さんも騙されないように気おつけて、、、
ポスト真実の時代ですからね!!!

 

 

美学者母

 

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