No.310

会田誠のセクハラ問題、
会田誠、訴えた人、京都造形芸術大学、
誰が一番悪いのか?
(だから日本の芸大美大は腐ってるって言っただろ)

text : mama(美学者母)
2019年3月2日(土曜日
)執筆

 

昨日会田誠のセクハラ問題の文章を書きまして、
色々と反響が大きかったわけです。

そこにはまず、
芸術とは?美術とは?アートとは?
という教養や知性の無さを上げて、
訴えた人の批判をしたわけです。

しかし本当の意味で、
一番悪いのは。。。
京都造形芸術大学でしょ!!!
って結果的に行き着くわけですwww

そもそも訴えた人は、
京都造形芸術大学を卒業している、
つまりこの訴えた人に、
芸術を教えた張本人なわけです。

さらに、
訴えた人にセクハラがあった事を認めている。

つまり講座での出来事がセクハラだったと、
京都造形芸術大学が認めてしまってる。

それ芸術大学や美術大学が認めたらあかんやろwww

私の考えで言えば、
芸術家が語る全てはその人の「芸術論」だと考えます。
なぜなら別の所でももうしていますが、
芸術の構造として作家性というものが、
一つの大きな原理としてあるからです。

その作家の生き様、思考、思想、
そして普段から話す言説全てが、
芸術家からすれば芸術そのものです。

芸術家と話すということは、
その作家の芸術論を学ぶということ、
すなわち「価値」のあるものです。

例えば弁護士と、
法律の話をするのと同じです。

 

その様な事からいうと、
京都造形芸術大学は、
会田誠の作家性というものを、
完全に否定し、
芸術家としての作家性を認めていない、
それが、
ある種セクハラを認めた事と、
同義であるのです。

ですから、
京都造形芸術大学が安易にセクハラを認め、
安易に訴えた人と示談で和解しようとした事自体、
芸術というものに対しての冒涜だと、
私は怒りを覚えるわけです。

結局、
京都造形芸術大学は、
芸術の素人の卒業生に学士を与え、
会田誠の芸術論をセクハラとし、
芸術の高等教育機関として、
全く機能していない、
それが完全に表沙汰になった、
その様な今回の出来事です。

もう今の時代に、
芸術大学美術大学なんて無意味です。

こんな卒業生しか生み出せない、
大学は芸術論がわからない、
なんの為に芸術の高等教育機関が存在するのか、
存在意義がありません。

今回の件で一番の被害者は、
講義をした会田誠さんなどの芸術家美術家です。

私は会田誠さんに前にも言説しましたが、
もう公立の美術館や、
美術大学、芸術大学などに寄生せず、
私が言った様に、
インディペンデントに活動するべきです。

 

こんな程度の低い問題に巻き込まれる事自体、
馬鹿馬鹿しい、
会田誠さんもインディペンデントで、
独立性を担保して活動しましょう!!!

 

 

 

 

美学者母

 

美学者母のスポンサー、サポーターになるにはこちら↓
クラウドファンディングでスポンサー、サポーターになろう↓