No.356

美学者母の美術作品が理解できない人へ。
(美学者母の美術作品とはあなたの心の中にある、
美学者母というイメージなのである。)

text : mama(美学者母)
2020年1月8日(水曜日
)執筆

 

どもっ美学者母です!!!
一応僕もアーティストという事で活動しているので、
例えば初めて出会った人に、
どんな作品を作ってるんですかとか、
作品を観せてくださいとか、
まぁよく言われるわけなんですが、
なかなかそれが難しいわけです。

だいたいそういった質問の前提条件として、
既存のアートや美術というものを、
前提に皆さん言ってこられるのだと思います。

しかし私くし美学者母の美術作品は、
そもそも既存のアートや美術というもの、
例えば絵画や彫刻、
また最先端のオブジェやインスタレーション、
そんなものすっ飛ばしているので、
そもそも理解不能なものなわけです。

ただそれは皆さんが思い込んでいる、
美術やアートというものを前提にすれば、
理解不能であり、
とても美術やアートとは言えない、
という事であり、
私の作っているものの構造を理解していただければ、
皆さんの中でアートや美術とは理解できないが、
言っていることは理解していただける。

その様に考えているわけですね。

 

つまりどうしても、
アートや美術というフィルターをあらかじめ、
前提にしていると、
なかなか僕の作品の本質というものが、
観えてこないわけです。

今回私自身、
美学者母の作品の本質というものを、
理解していただきたいという事で、
出来るだけ簡単にその構造などを、
言説していこうと思います。

まず美学者母の美術作品というのは、
非常に複雑な構成要件で産み出されます。
その複雑という意味は、
既存のアートや美術とは全く違う、
という事で複雑という事です。
まずその構成要件は、
インターネットに接続されたデバイス、
そのディスプレイを中心に、
作品は構成されており、
今皆さんがどこかでこの文章を読んでいる、
当然ディスプレイ越しに、
まさにその状態、
それが構成要件の要素になります。

既存のアートや美術でのキャンバス、
という役割を成すのが、
美学者母の美術作品では、
ディスプレイになります。

次に既存のアートや美術ではキャンバスに、
何かしらの線や面、色などが造形され、
それが作品となるわけですが、
美学者母の美術作品では、
インターネット上の美学者母の、
様々な情報、
例えば顔写真、文章、画像など、
インターネット上にカオスに散乱している、
美学者母の情報が、
そのキャンバスを構成する線や面、色と、
なるわけです。

そして既存のアートや美術では、
キャンバスに描かれた、
線や面、色も含めて、
何かしらの意味や無意味を生成し、
作品としてゲシュタルトされます。

その作品としてのゲシュタルトは、
美学者母の美術作品では、
一人一人の、
人間の中に創造される、
美学者母というある種のイメージ、
インターネット上にある、
美学者母という情報のゲシュタルト、
そのゲシュタルトされたものを、
作品として定義しています。

 

つまりもっと簡単に言えば、
ある種インターネットを通して皆様が抱く、
私、美学者母というイメージ自体が、
私、美学者母というアーティストの、
美術作品であるのです。

この美学者母の美術作品は、
10年以上前に、
「ウェブアート宣言」として発表しました。

それは、 シミュレーショニズムから、
現代のフェイクニュースやポスト真実、
などの思想を通して、
プラグマティズムという、
ある種の世相というものを、
非常に鋭く表層化している、
私はその様に強く感じています。

 

今回の言説でも、
なかなか説明しきれない部分が多く、
とても歯痒いのですが、
出来るだけ理解していただける方を増やしたいので、
今後も丁寧に言説を続けていきます。

 

 

 

美学者母

 

 

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